100周年のあゆみ

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明治・大正時代のあゆみ

明治39(1906)年
4月 真宗大谷派婦人法話会大阪支部発会式。
明治42(1909)年
4月 左藤了秀、難波別院内に大谷裁縫女学校を設立(生徒数39名、教員数6名)。
明治44(1911)年

4月 大谷女学校と改称。

11月 東本願寺大谷章子裏方校長就任。

12月 新校舎落成。

明治44(1911)年  右/大谷章子裏方  左/大谷参子幹事長(婦人法話本部)

明治44(1911)年
右/大谷章子裏方
左/大谷参子幹事長(婦人法話本部)

大正2(1913)年
10月 大谷女学校「文部大臣指定」受け、以後、創立記念日を10月14日と改める。
大正5(1916)年

5月 裏方、校長を辞退し名誉顧問となる。評議員を決める。

8月 左藤了秀校長就任。

大正5(1916)年  校祖 左藤了秀

大正5(1916)年
校祖 左藤了秀

大正9(1920)年
春 御堂筋拡幅・軒切りによって、南御堂からの立ち退きの必然性を悟り、焦慮のうちに移転適地を求めて歩き、戸田つる、岩田惣三郎両氏の喜捨により、阿倍野台に4000坪の広大な敷地の購入に成功する。
大正11(1922)年
1月 大谷ミト教諭を中心に、大谷高等女学校開設のための校舎・設備等募金開始。大正15(1926)年までの間に総額48万余円の無償の寄付が集まる。
大正13(1924)年

4月 大谷女学校及び大谷高等女学校入学式(大谷高等女学校は仮校舎)。

12月 大谷高等女学校を阿倍野区共立通に設立。

大正13(1924)年 大谷高等女学校校舎

大正13(1924)年 大谷高等女学校校舎

大正13(1924)年  校旗

大正13(1924)年
校旗

大正14(1925)年
4月 大谷高等女学校新築、都市計画による御堂筋拡幅工事のため、現在地(阿倍野校舎)に移転。
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